東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)188号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否を判断する。
1 成立に争いない甲第八号証(昭和五八年九月一四日付け手続補正書中の訂正明細書)によれば、本願発明は左記のような技術的課題(目的)、構成及び作用効果を有するものと認められる(別紙第一図面参照)。
(一) 技術的課題(目的)
本願発明は、編み機械に使用する打抜き編みツールに関する(第五頁第一七行及び第一八行)。
この種の打抜き編みツールは、鈎状に彎曲した端部、すなわち頭部を備えており(第五頁第一九行及び第二〇行)、編み機械の針床に作られたトリツク底にその背面が当接して置かれ、編み工程の間はその突起に作用するカムによつて高速度及び高加速度の往復動を行うが、編み速度が大になるにつれて頭部の破損が頻繁に生じ、これが編み速度を著しく制限する(第六頁第六行ないし第一三行)。
頭部破損の防止又は減少のためには二つの方法があり、その一つは編みツールの突起ができるだけ静かにカムに当たつて速度の急激な変化を受けないようにすることであるが、この方法によつては出来高がほとんど増加しない。他の方法は、編みツールに頭部破損を防止する手段を備えるか、又は高い編み速度においてのみ右手段を作動させることであるが、設備費が余りにも高価であり、技術的にも複雑である(第六頁第一九行ないし第七頁第一一行)。
既知の提案は、いずれも満足すべき再生産可能な編み速度の増加に結び付かなかつたので、本願発明の一つの目的は、再生産可能な簡単な方法によつて編みツールを改良することにあり、他の目的は、頭部破損数が特に変化することなくかなりの高速度及び高加速度で往復動を行うことができる編みツールを提供することにある(第八頁第一一行ないし第二〇行)。
(二) 構成
本願発明は、前記課題の解決のために、その要旨とする構成を採用したものである。
別紙第一図面は、本願発明の実施例を示す側面図であつて、1は頭部、2は頸部、3はピン5によつてラツチ4が枢着された胸部、6は咽喉部、7はブリツジ(シヤフト)である。ブリツジ7は、二つのガイド片8及び9から成り(ガイド片8及び9の底部端面は背部10と一線上にある。)、背10の上方においては二つのガイド片8及び9を橋絡するようにステム11が配設される。12は突起であつて、ブリツジ7付近においてシヤフトに接続され、直接ステム11の中心部に衝合する。ステム11は、頭部1と突起12との間に配設された第一セグメント14と、突起12の頭部1より遠い側にある第二セグメント15を有する。二つのセグメント14及び15は、それぞれ、少なくとも八mmの長さ(l)と、最大一・一mmの高さ(h)を有して突起12に直接衝合するので、突起12はしなやかにシヤフトに接続されることになる。セグメント14及び15の、突起12より遠い端部は、ガイド片8あるいは9の方向へ幅が漸増する(第一一頁第一九行ないし第一三頁第五行)。
(三) 作用効果
編みツールと比較的長くかつ極度に小さい第一セグメントを組み合わせることは、頭部破損を著しく効果的に減少し、又は編みツールの命数をかなり大にする(第九頁第四行ないし第八行)。
本願発明の技術的成功は、編みツールの突起が容易に彎曲することができる頸部によつてシヤフトに接続されているので、編みツール全体が強力に減衰されるように振動し、したがつて突起に作用する衝撃エネルギが曲げ仕事に変換されることによる(第一〇頁第一〇行ないし第一五行)。
テストの結果、通常一・三mm又はそれ以上あるステムの高さを減少すると、頭部破損数の減少が一・一mmで始まり、高さが〇・九mmに達したとき編み速度が二〇%以上増加することが判明した。ステムの高さを更に減少することによつて、編み速度をもつと上げることができる。ステムの細められた部分の長さに関しては、約八mmからかなり改善効果が現われ、同部分を更に長くするにつれて改善効果はますます目立つようになる(第一〇頁第一六行ないし第一一頁第六行)。
本願発明の利点は、費用をかけて編みツールを細工する必要がなく、既知のものと比較してかなり軽量であり、したがつて一段と容易に前後に動かすことができることであつて、編み工程に必要な駆動動力は約二五%減少し、連続運転における編み機械の温度減少が達成され、また、織物における針ラインの発生を防止し得る(第一一頁第七行ないし第一六行)。
2 一方、引用例1に別紙第二図面表示の編み針が記載されていることは原告も認めて争わないところ、審決は、引用例1には編み針頭部の破損を防止するための実施例としてセグメントの高さを約一・四七mmとすることが記載されていると認定し、この認定を前提として、本願発明がセグメントの高さを最大一・一mmとした点は当業者が容易に想到し得た程度のことと判断している。しかしながら、引用例1の内容を子細に検討するならば、そこに編み針頭部の破損を防止するためにセグメントの高さを約一・四七mmとすることが記載されていると認定することは妥当でないというべきである。すなわち、成立に争いない甲第三号証によれば(別紙第二図面参照)、引用例1は高速編み機において発生する編み針のフツク(頭部)破損の原因の本質を分析し、右破損を軽減するために効果的な編み針の設計上の特徴を述べたものであつて、フツクの疲労破損を引き起こす主要因は編み機のカムから編み針に伝わる加速力であることを基本的前提とし、駆動バツト(突起)付近の編み針本体に波形又は切欠きを設けると、フツク端における加速比の値が減少するとの結論を示しているものである(第八五三頁第六行ないし第二一行の「抄録」)。そして、編み針における各種変形の利点が検討されているのであるが(第八五七頁左欄第一一行以下の「結果」)、FIG.5に表示された長方形の切欠きは、そこで検討された既に提案されているいくつかの概念の一つである(第八五七頁右欄第一八行ないし第二一行)。なお、FIG.5の標題は「FIG.2に図示されているものと同じ針における長方形切欠きの寸法」であり、FIG.2の標題は「代表的な編み針の詳細」である。しかるに、第八五七頁の表1によれば、FIG.5に表示された長方形の切欠きを有する編み針は、「加速比がわずかに変化したことが認められた」にすぎない(第八五八頁左欄第二三行ないし第二五行。表1によれば、基準形状の編み針(Reference)の加速比(Amax)が一・六一であるのに対し(第八五七頁右欄第一七行)、FIG.5に表示された長方形の切欠きを有する編み針(Rectangle)の加速比は一・五五である。)。そして、表1から明らかになつた結論は「バツト付近に設けた長方形の切欠きは、フツク付近の加速比にはわずかしか影響しない。」(第八五九頁左欄第一〇行ないし第一四行)ということであり、「六〇度の波形をバツト付近に設けると、フツク付近の加速比の減少が最大になる」(第八五九頁左欄第二六行ないし第二九行)ということであつて、結局、「フツクの破損は二つの方法、すなわち編み針のバツト付近に波形を設けて加速比を減少する方法と、編みカムのプロフイルを入力加速度が最小になるように設計する方法によつて、減少し得る」(第八五九頁右欄第二九行ないし第三四行)との結論が示されているのである。さらに、五種類の異なるデザインのサンプル七個によつてフツク破損が生ずるまで行つた高速負荷試験(第八五九頁右欄第三七行ないし第四〇行)の結果も、「グループEがテストした他のどのデザインよりも優れていることを、九〇%の信頼度をもつていうことができる。デザインB、C及びDについては、早期破損に関して、いかなる積極的な記述もなし得ないことが明らかである。」(第八六一頁左欄第三行ないし第七行)ということであり、各グループの平均値(第八六二頁左欄第八行)のデータによつて供試デザインを最悪から最良にランク付けすると、デザインA(制御グループ)、デザインC(バツトから離れた波形切欠き)、デザインB及びD(一インチ及び半インチの長さの四角切欠き)、そしてデザインE(バツト付近の波形切欠き)の順序になる(第八六二頁右欄第三行ないし第八行)というのである。
以上の記載を総合して検討すれば、引用例1は、編み針に長方形ないし四角形の切欠きを設けることが編み針頭部の破損を防止するため特に有利であるとの結論は呈示していないといわざるを得ないから、切欠きを設けた結果形成されるセグメントの高さをFIG.5に示されている〇・〇五八インチ、すなわち一・四七mmよりも更に小さくしてみるとの着想は、引用例1には示唆すらされていないというべきである。まして、セグメントの高さを本願発明のように一・一mm(これは、前記一・四七mmの約七五%にすぎない数値である。)以下にすることによつて奏される作用効果の顕著性は、引用例1の記載からは到底予測し得ないことが明らかである。
3 引用例1記載の技術内容が前記のとおり解すべきものである以上、審決は、「セグメントの高さは長さとの関係を勘案して最適になるように決定すべき事項である」との一般論のみを根拠として、セグメントの高さを最大一・一mmとした点は当業者が容易に想到し得た程度のことであると判断したことに帰着するが、右のような判断は合理的根拠を欠くものであつて、誤りとせざるを得ない。ちなみに成立に争いない甲第四号証によれば、引用例2には、審決認定のとおり編み針の背の接触面積を約四〇%ないし五〇%切り欠いて編み針の重量を減ずることが記載されているのみであつて(第一欄及び第二欄の「発明の簡単な説明」。別紙第三図面参照)、切欠きを設けた結果形成されるセグメントの高さの値については何ら記載されていないのであるから、右判断を左右するものではない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとする。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
鈎状に彎曲した頭部と、
編み針の背まで延びる二個のガイド片と、両ガイド片を橋絡するために背の上方に配設されたステムと、ブリツジ付近でシヤフトに接続する少なくとも一つの突起とから成る、少なくとも一つのブリツジを有するシヤフトとを備え、前記ステムは頭部と突起との間に配設された少なくとも一つの第一セグメントを含む、編み機械に使用することができる打抜き編みツールにおいて、
前記第一セグメント(14、23、31、48)が少なくとも八mmの長さ(l)にわたつて最大一・一mmの高さ(h)を有することを特徴とする編み機械用打抜き編みツール(別紙第一図面参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙第一図面
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別紙第二図面
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